大丈夫な日記

41で事実婚、42で出産、43で第二子妊娠中。

事実婚を選んだワケ(その3)

事実婚と言うと、たまに

「パートナーはよくOKしたねー」と

言われることがあります。

彼は大賛成という感じではないにせよ

私の意向を聞いて

じゃあそれで行こう!という感じでした。

 

(余談ですが、この

ツマが夫側の名字になるのが当たり前っていう

雰囲気とか考え方が

私はあんまり好きではないです。

私の友人に、男三人兄弟の末っ子がいますが

彼は、女二人姉妹の長女と結婚しました。

ふたりで、彼女側の名字になることを

合意していたのに、

彼のお母さんの猛反対(「男が名字を

変えるなんてアナタ!あり得ません!」)で

諦めたのだそう)

 

そうそう、もう一つ

事実婚を選んだ理由があります。

 

私の父が、悪徳個人業者に

生前に貸していた土地(田舎なので

田んぼの余りの土地です)に

産業廃棄物を埋められ、

その後始末をめぐって、父の死後、

裁判沙汰が起こりました。

私がほぼ矢面に立っていたのですが

それはそれは疲弊しました。

 

法務部があるような

きちんとした法人が相手なら

こんなことは起きなかったのですが、

なにせ相手は個人業者。

けっこう偏屈な人らしく、

ほかにもトラブルの噂は聞こえてきました。

 

私よりは多いものの、

パートナーも多少珍しい名字。

この裁判沙汰のさなか、私がもし改姓すれば

電話帳をめくれば、彼の実家は

見当がつきます。

裁判相手の偏屈さを考えると

彼の実家に迷惑をかけないとも限りません。

(詳細を書くのは控えますが

相手は、想定以上の偏屈さを持っていて、

父の生前からすでに、

いろんなことが起きていました)

 

そんなこんなで

事実婚での船出?を選んだのです。

 

赤子が起きそう‥

いったんアップします^ ^

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事実婚を選んだワケ(その2)

私が大学生の頃、

夫婦別性の制度化は

時間の問題と言われていました。 

世論もそんな感じでした。

 

法学部にいたので、

男子含めて、そんな話をすることも

よくありました。

 

(1996年には法制審議会が

選択的夫婦別姓制度を導入する

民法改正案をまとめていますが、

「家族制度が崩壊する」という保守層の反対で

いまだ実施には至っていません)

 

同じ大学に通っていた友人は

ゼミで家族法を専攻していたのですが、

担当教官は、夫婦別姓を議論する

政府のある公的会議のメンバーでした。

が、保守系のメンバーが意図的に

毎回出席せず、(定足数にならない

ことから)流会になるので、

教官は、議論以前の問題だとおっしゃり、

えらく憤慨していたそう。

 

日本は、

どう生きたい、って個人の気持ちよりも

家族制度が壊れる、って、

国や統治者の理論

(理論というより、ある意味、思い込みかも

しれませんね)を優先するんだなと

その時思ったものです。

 

そして、人の気持ちがどうあれ

そうした為政者の理論優先で

国が動いていることに

気づいていそうで

みんな意外と気づいていない。

 

そういう「〜するべき」とか

「〜するのが当たり前」って、

意外と、そもそもは、押し付けられたものか、

為政者が仕組みとして考えたものに過ぎないと

その時、思いました。

(これは夫婦別姓だけに

とどまりませんが‥)

 

じゃあ、一度きりの人生、

そんなものにとらわれず、

自分のやりたいようにやろう、

私は、そう考えるように

なりました。

 

「私は別姓で行きたいわー」と言っていた

当時の大学時代の友人には

私のほかにも、

実際に夫婦別姓を貫いている子もいます。

離れているので、そんなに会うことは

ありませんが、

自分が事実婚を選ぶにあたって

先駆者?がいることに

ちょっぴり勇気をもらいました。

 

法学部はけっこう理屈臭いところで、

右脳人間の私には合わないなあーと

転部を考えたこともありましたが、

 

長い目で見ればいろいろと

得るものがあったなぁと

思いもする私です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事実婚を選んだワケ(その1)

事実婚なんですよーと言うと、

いろんな反応があります。

いいね!とか、

詳しく教えてください!とか

(これは隣の課の若い後輩ちゃん)、

現代っぽいね!とか。

 

理由はいくつかありますが、

まず、自分が姓を変えたくなかったこと。

 

私、なかなか珍しい名字です。

ハンコは特注でないと買えません。

学生時代の友人は、その多くが

私のことを名字(呼び捨て)で呼びます。

 

小さな頃からこの名字が好きだった私、

別の名字に変える‥ってことに、

とても抵抗がありました。

 

もちろん、好きな人と同じ名字にしたい!と

言う人の気持ちは分からなくはありません。

私もそう思ってたこともあります。

(中学の頃ですが‥)

 

でも、名字はもう完全に自分の一部で

(親には申し訳ないのですが、

名前よりも名字に愛着のある私です)、

やっぱり、変えたくなかった。

 

長くなりそうなので、

続きます。

 

 

 

 

 

赤子とネコ(その3)

赤子とネコの似ているところ、

その3です。

 

赤子が寝ております。

ようやくこっそり彼女の爪が切れる‥。

起きている時は絶対爪を切れないのは

ネコと同じです。

(ちなみに伸びが早いのも同じ。

赤子は週一ペースで切ってやります)

 

そして、空き箱が好きなところ。

ネコはよく、空き箱に

その立派なカラダをむりやり押し込んで

スゴイ姿になっていることがありますが、

赤子も全く一緒。

 

今のアパートは仮住まいのつもりなので

家具は買わないというポリシーのもと

赤子の服はダンボールに入れておりますが、

その箱を寄こせ、と最近主張する赤子。

 

仕方ないので取ってやると

中身の服をぜんぶ放り投げ、

自分がちんまりと箱に入ります。

乗り物に見立ててちょっと押してやると

ニマニマ顔の赤子。

これで満足のようです。

安上がりだなあ‥。

 

すごい姿で寝るところ。

ネコはよく、信じられない格好で

寝ていましたが、

(舌もよくしまい忘れ、

口からのぞいておりました)

いやいや、赤子さまも。

 

先日は友人の家で

お尻を天高く突き出したまま

うつ伏せで爆睡。

友人に写真を撮られておりました。

(ええ、私も喜んで

撮影しましたとも)

 

最近は赤子、よく仰向けになり

お腹を出して寝ています。

ネコも、気を許した人の前でだけは

お腹を見せて寝ていましたが

(お腹は弱点らしいので

よほど気を抜いている時だけです)

これも同じだなあー。

 

そんな赤子、テレビでネコを見ると

にゃんにゃん、と言うようになりました。

私もまたネコのいる生活がしたいです。

いつかネコ飼おうか、赤子ちゃん。

 

 

 

 

 

 

最近のニンプ生活(32週)

逆子ならぬ、噂?の横子も直り、

(ずっと左を下にして寝ていた私、

ある時、突然右を下にして寝たのが

いけなかったようです。

明らかにお腹の中で

何か動いたもんなあ。

再び左を下にして寝たら

戻ったようです。

ちなみに前回の妊娠時も

いちど横子になりましたが

この時も寝る向きを変えた後だった‥)

 

スーダラな生活を送っていた

テキトーニンプの私ですが、

もともと血が薄いためか、やはり

先日の血液検査に引っかかりました。

鉄剤処方、再びです。

 

今回は意図的に鉄をとっていたつもりでしたが

甘かったか‥。

そんなわけで寝る前、

鉄剤くんをごっくんしております。

 

そして今回、

お腹の赤子、やたら蹴る。

 

前回の赤子もよく蹴ってくれましたが、

(出産時も蹴られておりました‥)

それ以上の蹴りっぷりです。

イテー。

 

妊娠週数も進んできたので

時々、明らかにカカトと思われるパーツが

お腹の表面に、ぐにゃと現れます。

遊んでるね、赤子くん。

蹴られすぎて、お腹もけっこう張ります。

 

こまめに横になりたいところですが、

赤子1号がおとなしくはしててくれません。

遊んであげたいのはヤマヤマですが、

‥困ったものです。

結局、赤子1号をかまうはめに。

 

そんな昨今です。

あと2ヶ月足らずでこの生活も終わり。

 

ニンプ生活をゆるりと楽しみたいのですが、

そうは問屋(&赤子1号)が

おろしてくれないようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

ポジティブな言葉

「妊娠も終盤、

皆さん心配なこともあるでしょうが、

お母さんが元気なら、大丈夫。

お腹の赤ちゃんも元気でいます」

 

今日、かかりつけの産院の

母親学級(安産のための勉強会)で

ドクターがおっしゃられた言葉です。

 

正しくは、私がみていただいているドクターの

お父さま。

同じく産婦人科医で、

別の病院を開業しておいでです。

(80歳過ぎのご高齢なので、もう産科は

されていません。婦人科のみ)

 

20代の頃から、わざと

転々とあちこちの病院で

婦人科検診を受けてきた私ですが

(生理不順でかかった病院で

ドクハラに遭った時、

こんなところでは将来産みたくない!と思い、

いつかお世話になるだろう理想?の病院を

探そうとしておりました‥)、

 

40代になってすぐ、

公私ともどもメチャクチャな状態になり、

ストレスが高じてついに

生理もガタガタになり、

(遅れて来ることはよくあったのですが、

この時は逆に

3週間という短い間隔で来たりして、

さすがにこれはマズイ!と思いました)

 

そんな折、ちょうど友人から、

この80歳ベテランドクターの

うわさを聞きました。

すんごくいい先生だから、

婦人科検診の時にでも

相談してみなよ!と。

 

検診が終わって、持参していた

基礎体温表を見せて、話をすると、

ひとしきり聞いてくれて、

ドクターはゆっくりと言いました。

 

「それは大変だねえ。

カラダは正直だから、

ストレスをそのまま受け止めてるんだよ。

でもあなた、大丈夫。 

カラダは元に戻るチカラがあるからね。

心配しなくて大丈夫。

絶対、元のあなたに戻ります」

 

それがどれだけ嬉しかったか分かりません。

それから一年後、事実婚して

妊娠が分かった時、

あのドクターのお子さんがされている

病院なら間違いないと

私は迷わず今の病院を選びました。

しかして、

一度もイヤな思いをしたことはなく、 

むしろ、楽しいことがたくさんあり、

今回の出産も迷わず、

またお世話になることに決めました。

 

言葉の力はすごいです。

専門家がシロウトに放つ言葉の威力は特に。

医者と弁護士が、クライアント(患者)に

ポジティブな言葉を放てば、

どれだけ、それだけで相手は楽になるだろうと

昔からよく思っています。

 

冒頭のドクターの言葉は

周りの参加者(ニンプ)も

けっこう紙に書き留めていたりもして

励まされたようです。

まあ、みんなお腹が重くなり、

マイナートラブルが出てきて、

人によっては出産自体も怖くなったり

する時期だもんなあ‥。

 

そして、

これからも、ポジティブな言葉を使って、

前向きに生きていこうと、

80歳過ぎのベテランドクターに向かって

こっそり思った私です。

 

先生、あの時の励ましのおかげで

こうして元気にやってます。

おかげで、今の赤子に会えて、

もうじき新しい仲間も増えそうです。

 

検診以来、お会いはしていないので、

私のことを覚えておられないだろうから

ドクターに直には言いませんでしたが、

心の中で、ありがとうを言った私です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時々ペヤング

赤子のすきを狙ってたべるお昼ごはん。

冷凍ごはんをチンし、最近は

納豆とキュウリ(かじる)とか

納豆とトマトとチーズ‥の私です。

粗食そのものです。

(まあおかげでニンプの割には

体重オーバーにもならず

やっておりますが‥

栄養は三食トータルでとれればいーかと

思っています)

 

そんな私が時々食べたくなるもの、

群馬発祥のカップソース焼きそば

ペヤング

(なぜかカップラーメンは

食べたくならないんだなあ‥不思議)

たまーにお昼にいただきます。

 

東京で暮らしていた大学生の頃、

関西出身の子はこのペヤング

初めて見た!と言い、

全国区だと思っていた私はびっくりしました。

なんでも向こうは

カップ焼きそばと言えば

日清のUFOなんだとか。

(今はペヤング

関西でも普通に買えるようです)

 

昔はこのペヤング

カップ(容器)が透けたものと白いもの、

二重になっていて、

(お湯が入っても熱くないようにでしょうね)

その点がなぜか好きだったのですが、

いつのまにか一重(つまり普通の容器)に

なりました。

時は流れるなあ‥。

あと、ふたの裏に

キャベツが貼りつくのも好きでした。

それは今も変わりません。

 

こんな話を書いていたら

ペヤングが食べたくなりました。

また食べよう‥。